必要最小限なものだけを持つ暮らし

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最近ミニマリズムにはまっている。

便利になりすぎたからこそ気づけることがあると思ったので記事にした。

【便利になりすぎた世の中】

これさえあれば何でもできるというものがあれば他のこと全てを網羅できるというものがでてきたとする。

そうなった場合、全て手に入れられそうなそんな幻想を抱ける。

けれども、本当にそれって正しいのか

最近で言えばスマートフォンがこの例に近いのではないだろうか?

ナビゲーション機能もあれば、音楽も聞けるし、検索だってできる。

そのうち、パソコン自体も必要性がなくなるんじゃないかって勢いで進化してる。

でも、よくよく考えてみていただきたい

全部入っているからこそ時間を無駄にしているってことはないか?

ある研究によると、選択肢が多ければ多いほど人は選択を避ける行動に出るらしい。

その現象が「全部入り」にも起きていて、一つに決められないからこそ、迷う。

たとえば家の近所にめちゃくちゃおいしくて、安いランチメニューを展開している飲食店があったとする。

もちろん、これが食べたい!っていう意志が明白なときとか、なんでもいいから食べたいって時に

判断に迷うことはないだろう。

けれど、選択肢が多すぎることで判断で疲れて、選択できず時間を無駄にした経験はだれにでもあるのでは?

【必要最小限を意識する】

じゃあどうしたらいいの?って話になるんだけど、

結論としては

・選択肢を自分の意志で極力少なくする

しか方法はない。

色々便利な物が出てくることは止められないし、それによって受けている恩恵もある。

自分で選択するということを意識するしかない。

その判断基準として1つ持って置くと良いと考えたのが

・今の自分にとって必要かどうかというもの

判断に迷わない為に必要なことはどうしたら物事をシンプルに考えることができるかということを問いかけることだ。

iphoneとかandroidの最新機種であれば機能が多すぎるから、

スマートフォンで音楽だけを聞こうとおもっても、ついその他の機能もいじってしまったりする。

それであれば、音楽だけしか聞けない音楽プレーヤーを買うという方法も一つだ。

強制的に、これしかできないという環境を自分の意志で選択する。

そうすればつい無意識に時間が過ぎるという現象も意識的に避けることができるようになる。

これらを他の場面でもどうやって生かしてみようかと、応用してみるとよい。

【まとめ】

今回は便利になることで失われるものもあるいう話をした。

昔ながらの手法をあえて使っている人がいたり、ミニマリズムが流行ってきたのは人間の本質

をとらえていて、便利になるものよりも代えがたいものがそこにあるからではないかと思う。

しかしながら、日常を豊かにする目的で便利なものをしようするのは良い心構えだと思う。

だが行き過ぎるとバランスが崩れてしまい、本質を見失ってしまうことがあると思う。

人生の目的にそった選択ができるように、今回のような必要最小限なことものだけを持つということを意識してみてはどうだろう?

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